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2019年5月

2019年5月31日 (金)

ウイルス人間


まだ、半年先の話しですが、冬前になると多くの方がインフルエンザの予防接種を受けると思います。ワクチンを打ち、免疫体を作ることによってインフルエンザウイルスから守るわけです。ちなみに、私は予防接種はしません。手洗いとうがいのみです。


人間関係にもインフルエンザとまでは言いませんが、中にはウイルスのような人間もいます。では、どんな人間かと言えば、例えば仏教でいう「貪」「瞋」「癡」この3つを三毒と言ってますが、その三毒が多い人です。(人間は、誰しもが三毒は持っています。健全な人は、三毒が少ない人です)

「貪」 欲張りな人

「瞋」 自己中心的な人

「癡」 実体のないものを真実のように思い込む人

このほかに挙げるとするならば

・人の人脈を平気で奪う人

・あなたにいつもピンチを持ってくる人

・暗い人

・教わるばかりで与えない人

う~ん、まだほかにもありそうな気がしますが、皆さんの中で色々な価値観、経験側もあると思いますし、ここで挙げた事以外にも出てくると思います。


私は、このような人達を一括りに「ウイルス人間」と呼んでいます。不用意に接すると、こちらがウイルスに感染してしまいます。なぜか、わかりませんがウイルスに感染されるとピンチにさらされる事が多くなるのです。

さらにあなたがウイルスに感染してしまうと、あなたの周りにいる人達にもウイルスが感染していきます。

もしかして、私感染してるかも・・・と思った方、まずすることは、自分にウイルスを持ってくる人間との関係を責任を持って断ち切り、自分から親しい人間にウイルス感染させないことにも責任を持ちましょう。


ウイルス人間と付き合ってもいいのは、あなたがワクチンを持っている場合だけです。素質論でアドバイスする時も、対象者がウイルス人間ではアドバイスが役に立たない事もあります。むしろ、そのような人と付き合うなら、関係性を断ち切った方がいい場合もあります。どうしても付き合わなければならない場合は、自分の人脈や立場が被害を受けないように付き合いをすることは可能です。


素質論でその人がウイルス人間かどうかまで判断はできません。私も生年月日だけで人を視るのではなく、会った時の印象や話した時の会話の感覚、相手の表情など、素質論以外の要素も大事にして、たくさんの人と会っていこうと思います。

2019年5月22日 (水)

A≠B

A=Bの打ち間違えではありません。


①「あなたは気が利かないから、営業に向いていない」
②「押しが弱いから、お客様が振り向かない」

前の会社で、営業をしていた時に、部長から言われた言葉です。当時はかなりへこみましたし、気が利かない事に対して後ろめたい気持ちが強くなって、人と会うのが段々と億劫になりましたし、その事を気にし過ぎて、人に会う事に対しての不安も感じるようになってしまいました。

今は、全然平気で一人でもパーティーや異業種交流会に行ってしまうくらいです。

では、どのように克服したのか?

克服・・・ 克服とは言い難いかもしれません。実は、これはトリックがあります。


トリックの種・・・ いきなり答えちゃいますけどね。


     「気が利かない」   「営業に向いていない」

この2つの別々の要素があたかも同じ意味にとられるように結合されてしまっている事です。


脳の性質の中に「歪曲」というのがあります。歪曲とは物事に因果関係や前提を勝手につけて、自分なりの解釈でものごとを考えてしまう事です。では①、②の文で考える自分なりとは「当時の部長」ですよね。部長の解釈も歪曲であって、その歪曲をそのまま受け入れてしまった私。だから、当時の私は気持ちが滅入ってしまったのだろう。

皆さん、冷静に考えて下さい。気が利かない事が、必ずしも営業に向かない、そんな事はないですよね。無論、気が利いたほうがいいですよ。しかし、必ずとは言えないですよね。気が利いた方が交渉時に若干、有利になるくらいです。

特に②の文に関しては、押しが弱くてもお客様が振り向いてくれる人いますし、押しが弱い、押しなんかしなくてもたくさん集客してる人もいますよね。そこら中にいるじゃないですか!だから、②なんて完全な歪曲と言えてしまうわけです。推定有罪ではなくて、完全有罪のレベルです(笑)


歪曲は、中立でいい悪いはありません。また、自分が何をどのように歪曲するか、してしまうかにもよります。普段の生活や仕事の中でも、今の表現、言い方は歪曲してないか?と思ったら

「どうして、AがBを意味するのか?」

と問いかけてみて下さい。AとBの相関性があるかないかに気づくための問いかけでもあります。

悪い言葉のトリックで、自らの可能性や素質が封じ込まれてしまう、こんな勿体ない事はありません。

2019年5月17日 (金)

東大を出ても、ある日突然バカになる

今回はタイトルが過激です。

「バカ」とついてるタイトルは、週刊!素質論の300回近い連載の中でもおそらく初めてです。タイトルが過激と言われても、最近のニュースの中で、政治、経済、一部のスポーツを見ているとバカと言わざるを得ない出来事ばかりです。


私が、ブログを書くトリガーとなった出来事は丸山議員の例の発言です。その前にも豊田議員の秘書へのパワハラ事件もありましたよね。ここ数年、世間的に賢いと言われてきた人達が、バカな事をしでかして、自らの政治生命を危うくしている事案がたびたび起こってます。

そして、ワイドショーなんかを見ていると、コメンテーターが傲慢ではないかと指摘する人もいるのですが、私は、エリートと言われる人には確かに傲慢な人もいますが、一概にそうではないと思ってます。

世間からエリートと言われるまでは、本当に努力をしてきて、誰もが遊びたい時代に、一生懸命勉強して難関大学に合格することを夢見て頑張ってきたわけです。自己コントロールに関しては、私と比べても、世の中の人たちと比べても遥かに高いです。ところが、実際はそうではありません。


・不安や怒り、このような感情が人をおかしくする

怒りは、皆さんも経験があるかもしれませんが、時として常軌を逸した心理状態になりますし、その時の行動は破壊に満ちた行動を取りがちですよね。大変怖いです。最近ではアンガ―マネジメントという講座もありますよね。どうやって怒りを鎮めていくか、怒ってしまった自分にどのように向き合えばいいのか、確かに怒りという感情に身を任せて判断すると、とんでもない事をしでしかします。だからこそ、アンガ―マネジメントは、一昔前よりも注目されて重要性が増しているわけです。

その怒りよりも怖いのは、過度に恐れる「不安」の方だと思います。最近のニュースから事例を挙げますと、大手企業の不祥事とスポーツではJリーグの誤審(特にゴール判定)の多さが挙げられます。

大手企業のリコール隠しから始まり、不正検査、不正会計と立て続けに不祥事が起こってます。背景や心理を考えていくと、そこにあるのは過度に恐れる不安であると考えられます。正直に数字を発表すれば、株主から突き上げられる不安が不正や隠ぺいの温床となっています。その時は上手に隠したつもりが、時を経て、明るみに出て釈明に追われる。こんな事を繰り返しているうちに、企業へのイメージダウンにつながり、顧客は離れ、売上・利益は激減する。賢い選択とは思えないですよね。

Jリーグの誤審では、特にゴール判定での誤審が多いのですが、これも過度に恐れる不安からではないでしょうか。ゴールは直接、当該チームの勝ち負けと勝ち点に影響してきます。要は必要のないプレッシャーや不安によって、まともなジャッジができていないように思います。

大手企業、上場企業の役員は、誰もが知っている一流大学の出身者が多いです。それでも、不安という感情が彼らをバカにしてきたと言ってもいいのではないか。


・賢いと言われる人でもバカになる瞬間はある


私も経験があるのですが高校の受験対策の時、学校の定期テストの成績、進学模試の成績はよかったのですが、なぜか、進路を決める要素になる出文テストでは点が取れませんでした。出文テストの試験当日、私はバカになったんですよね。要因は、プレッシャーや不安によってケアレスミスばかりをして、今考えてもありえない失点が多かったです。もしかしたら、ブログを読んでいる皆さんも、受験の時、そのような経験をした人もいるかもしれません。

これは、事前対策というかトレーニング次第では克服できます。事前にケアレスミスをしそうな所にチェックを入れて、どうすれば防げるかを考え、事前にトレーニングすればいいだけの話しです。営業職の方なら、営業マンと顧客のロープレも有効な対策の1つでしょう。

しかし、受験で失敗する賢い人は、自分がバカになることへの、バカになる瞬間の対策やケアをしていません。自らの力を過信して、墓穴を掘ってしまいます。

アメリカの経営者は、自分のお抱えの精神科医やカウンセラーを持っています。それは、メンタルヘルスだけでなく不安や怒りの感情が、判断を間違ったものにしてしまうという事をよく知ってるからです。それを防ぐために、自分の感情を客観的にモニタリングしたり、改善したりする目的があって、専属のカウンセラーを雇うわけです。


確実に言える事は、どんなにバカになる瞬間はあるという事です。人間が人間である限りそうならないことはないと言えるでしょう。前にも書いたように、不安や怒りの感情が先行すれば、利口でもバカになる事があります。

2019年5月 7日 (火)

「了解します」は本当に失礼なのか?

もう十年以上前の話しですが、一度だけマナー講座というものを受けた事があります。読んで字の如く、ビジネスにおいてのマナー講座だったんですね。ここで、電話の応対、電話の受け答えの実践学習をしたときですが、私は無意識に

「了解しました」

と言ってしまったんですね。それを聞いた講師の方から、強烈なダメだしを食らいました。

確かに、電話の応対の場面ですから、電話がかかってくるという事は、お客様、取引先、社外のお客様への応対になりますから、ダメ出しを食らった理由は理解できます。

では、会社内において、上司や先輩とメールやラインのやり取りをする時の返信で「了解します」は本当に失礼にあたるのでしょうか?私は、失礼にはあたらないという考えです。

まず「了解」という言葉を広辞苑や大辞林で調べてみました。調べた結果

広辞苑:了解はさとること、会得すること、理解して認めること

大辞林:事情を思いやって納得すること、理解すること、飲み込むこと


こんな風に書いてありました。この行為のどの部分が目上の人に対して失礼なのでしょうか?・・・ マナー講師を名乗る人に、一度聞いてみたいです。

私の推測になるのですが、なぜ「了解します」がダメかと言えば、それは言い方だと思います。

「了解しました~」 「了解っス」


若者(私も軽い感じで言ってる時あります)がこんな風に話していたら、軽く感じてしまいますよね。それがマナー講師の方々にとって受けが良くない、受けが良くないからダメだと決めつけているわけです。広辞苑、大辞林に載ってある本来の意味ではなく、あくまでも言い方なのです。


「了解しました」→「承知しました」→「かしこまりました」

本来は、このような順番で待遇の表現のレベルは上がります。「了解しました」はダメ。「かしこまりました」ならいいとか機械的に教える事ではなくて、本当のマナー講座は、この3つをどう使い分けるかを教える事だと思います。

今回の記事は、マニアックで固い記事になってしまいましたが、私と連絡のやり取りをする時は「了解しました」「了解」だけで十分です。私は気にしません。「了解しました」は了解の意味を知らない人が大半ですから、私から皆様へ返信が必要な時は無難に「承知しました」という言葉を使います。

社内で相手に返信をしなければならないとき、迷ったら「承知しました」が無難ですし、社外や顧客でしたら「かしこまりました」と返信する方が無難だと思います。

2019年5月 4日 (土)

平成から令和

令和になって4日目。令和になって初のブログです。

私が平成の時代に積み上げてきた素質論(今でも積みかさねていますが)を少しずつではありますが、令和仕様に変えていこうと思います。

今までの素質論講座は、使用するテキストの重要な箇所、これはテキストには書いていないが知っておくと、日常生活ではかなり役に立つ事を話してきました。もちろん、それは続けてきます。


そして、プラスアルファとして、皆さんの日常生活の事もそうですが、例えば営業・接客に関して、このタイプならではの気をつける事、恋愛では、○○のようにしたら上手くいく、または○○のような愛情表現を求めているなど、もう一歩踏み込んで講座をしてみようと思います。これが冒頭に書いた令和仕様です。

営業・接客業の方のみを対象にした素質論講座。

恋愛では、もっと恋愛の事を知りたい、婚活事業者や婚活のアドバイザーの方だけを対象にした素質論講座。

ご家族が円満に、お子様が伸び伸びと自分の力を発揮できるための素質論講座。


カテゴリー別に分けての素質論講座もしてみたいなと思っております。今年も秋に素質論講座を開催する予定ですので、ご興味のある方は声かけて下さい。

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