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2016年2月 7日 (日)

検証!清原和博の覚せい剤使用

元プロ野球界のスーパースターの逮捕は衝撃的でした。私よりも上の世代は、清原に憧れて野球を始めた方も多いです。2年前、本人は薬物使用はキッパリと否定していましたが、事実、逮捕となるとただ驚くばかりです。しかし、彼の素質を見た時に、覚せい剤に手を出してしまった理由も何となく理解できました。もう1度プロ野球のような皆が注目してくれて、豪華絢爛な世界に戻りたかったのかもしれません。改めて清原和博のCANOCDEを載せておきます。

清原和博: 100-000-025-1001-I-e-d-2-6-1(タイムコードは2月2日逮捕時で表記してます)

彼の素質を見ると1st100、2nd000がベクトルA、3rd025はベクトルHに分類されます。ベクトルAを持っている人は、自分でもコントロールできない人生の中に乗ってしまっている自分がいます。特に、2nd000は心のエネルギーによって物事の意思決定基準が変わってきます。心のエネルギーが高い時は、普段と変わらない清原和博でいられるのですが、エネルギーが低い時に、バラエティー番組の出演や解説の仕事を引き受けるのは辛かったかもしれません。とは言え、プロ野球も芸能関係も人気商売ですから、人前ではそのような弱さを見せずに無理やり自分を奮い立たせていたかもしれません。ここに1st100の素質「弱音を吐かない」「人前で気を張っている」を垣間みることができます。


私は、清原が出演しているバラエティーを見ていて気になることがありました。それは野球選手の時よりもふてぶてしさやワンマンさが無くなっていて、周りに迎合しようとする姿です。しかし、この姿は素質コア1001の本来の姿とは違います。素質コア1001は、自分の思い通りに生きていると、ふてぶてしさやワンマンさが出てくるのが本来の姿です。その姿は、プロ野球選手の頃の方が、ふてぶてしさやワンマンさがあったような気がします。そのワンマンになれた時に、大成をする人が多いです。成功している人ほど、ワンマンでタフに生きるのが1001を持った人なのです。プロ野球から身を引いて、今までのようにワンマンでいられなくなった事が、清原にとっては受け入れ難かったのかもしれません。


ある週刊誌によると夫人との離婚は、ある日家に帰ったら夫人と息子が居なくなり、家を出ていてしまったと報じられています。素質コア1001を持っている人は、ワンマンで外で気を張っているからこそ、プライベートでは「ホッとできる環境」を求めやすい傾向があります。それが、夫人と息子がいる家庭だったのかもしれません。また、息子をすごくかわいがっていたという報道もありましたが、これは3rd025が関係しています。025を持っている人は、この世の中でたった1人でも自分を信じてくれる人がいるならば、生きていける精神性を持っています。息子の存在が、清原に残っていた良心とのバランスを無意識に取っていたと思います。素質コア1001と3rd025を満たす環境が、息子の存在であって、家庭だったと思います。そして、その家族がある日突然家を出て行ってしまったわけですから、清原の精神的なダメージは相当大きかったと推測できるのではないでしょうか。


・タイムコードも影響している

逮捕された日の清原和博のタイムコードは2-6-1、日付が変わる間際を考慮しても2-6-2。タイムコードの一番左の数字はその年を意味していますが、2の年は気力、体力が落ち込みやすく、思い通りに行かない日々で心労は限界に達していたのでしょう。だから、簡単に気持ちを高ぶらせることができる覚せい剤に手を染めてしまったかもしれません。もし、彼の中で引退後もプロ野球のような華やかな世界、そうではなくても自分が一番になれるものが見つかっていたならば、覚せい剤に手を染めることはなかったでしょう。そう思うと残念です。

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